A. 臨床的観察・症例報告(Clinical Observations / Case Reports)
ここでは、実際の診療の中で実施した投与と、その後の経過を記録して報告した論文をまとめました。
いずれも少数例または単一症例であり、研究としては「安全性や実施可能性、評価方法の共有」を主な目的として位置づけました。
治療効果を一般化して結論づけるためには、対照群を置いた臨床試験など、追加の検証が必要となります。
Repeated infusion of autologous adipose tissue‐derived stem cells for Parkinson's disease.
パーキンソン病に対する自己脂肪由来幹細胞の反復点滴投与
Shigematsu K, Komori N, Tahara K, Yamagishi H. Acta Neurologica Scandinavica. 2022;145(1):119-122.
【概要】
本報告では、パーキンソン病に対して自己脂肪由来幹細胞(ADSC)を反復して点滴投与する方法について、
臨床の場で安全に実施できるかを確認する目的でパイロット研究を行いました。
対象は3名で、約1か月間隔で5〜6回の投与を行いました。
評価は、神経内科医の診察および患者・介護者への聞き取りに加え、
Hoehn & Yahr分類とMDS-UPDRSを用いて行いました。
観察期間(治療開始から最終投与後6か月)を通じて有害事象は認められず、
MDS-UPDRSは3名すべてで改善を認めた旨を報告しました。
少数例であることを踏まえつつ、反復投与の実施可能性と、今後の研究に向けた基礎的知見を提示しました。
Long-term survival of a patient with amyotrophic lateral sclerosis (ALS) who received autologous adipose-derived mesenchymal stem cells.
自己脂肪由来間葉系幹細胞の投与を受けたALS患者の長期生存に関する症例報告
Shigematsu K, Takeda T, Komori N, Urushihata N, Oki K, Tahara K, Yamagishi H. Eur Rev Med Pharmacol Sci. 2021;25(11):4086-4090.
【概要】
本報告では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に対して自己脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC)を投与し、
その後の長期経過を追跡した症例を報告しました。
症例は46歳男性で、2009年に下肢筋力低下や嚥下時のむせなどを契機にALSと診断されました。
ALSFRS-Rは当初43で、症状は急速に進行し、食事や会話時の咳込みが問題となりました。
2013年からADSCの静脈投与を開始し、合計6回の投与を行いました。
投与後、本人は会話や食事中の咳込みが減ったと自覚し、嚥下障害・構音障害が目立たない状態で経過した旨を記載しました。
ALSFRS-Rは最大45までの変化を示し、筋電図ではfasciculation potentialsが検出されない時期があったことも併せて報告しました。
単一症例であるため治療との因果関係を確定するものではない点を明記した上で、
安全に投与できる可能性と、さらなる検討の必要性を示しました。
Repeated intravenous infusion of autologous adipose‐derived stem cells improves cognitive function.
自己脂肪由来幹細胞の反復点滴投与による認知機能の改善に関する報告
Shigematsu K, Ishii K, Tahara K, Komori N, Yamagishi H. Alzheimer's & Dementia. 2021;17:e049907.
【概要】
本報告では、自己脂肪由来幹細胞(ADSC)を反復点滴投与する取り組みの中で、認知機能に焦点を当てて評価を行いました。
研究背景として、ALS、COPD、PD、MSA(SCDを含む)、アルツハイマー病など39名に対し計182回の投与を行い、
観察上副作用を認めなかった旨を記載しました。
本検討では、認知機能障害を有する9名を対象に、神経内科医の診察、介護者の聞き取り、MoCAによる評価を行いました。
投与は約1か月間隔で5〜6回とし、1回あたり5.0×10^7〜1.2×10^8個を静脈投与しました。
MoCAは平均で10.3から19.6へ変化し、評価対象9名で悪化例を認めなかった旨を報告しました。
また、アルツハイマー病3名では投与前後でアミロイドPETを実施し、1例で沈着低下が示唆されたことを記載しました。
作用機序の考察として、投与細胞がCD10(ネプリライシン)陽性である点を示し、アミロイド分解に関連する仮説を補強しました。
ただし、対照群を置いた比較試験ではないため、臨床的結論は今後の検証が必要であることも併記しました。
ALSFRS scores improved after multiple infusions of autologous adipose tissue-derived stem cells in ALS patients.
ALS患者における自己脂肪由来幹細胞の複数回投与後のALSFRSスコア変化
Shigematsu K, Takeda T, Komori N, Tahara K, Yamagishi H. Journal of the Neurological Sciences. 2021;429.
【概要】
本報告では、ALS患者に対するADSC点滴投与について、安全性の確認と有効性の探索を目的に検討を行いました。
6名に対して、4.3〜8.7×10^7個のADSCを1〜2か月間隔で3回投与し、
神経内科医を含む複数医師の診察および患者・介護者への聞き取りにより、投与後最大3か月まで追跡しました。
有害事象は認めなかった一方、病勢進行により1名が死亡した旨を記載しました。
ALSFRSの推移は症例ごとに異なり、維持あるいは低下が混在しました。
オープンラベルで対照群を置いていない点を明記し、有効性判断には慎重さが必要であることを述べた上で、
反復静脈投与を安全に行い得る可能性と、一部症例でALSFRSの維持・改善が示唆された点が今後の試験の根拠となり得ることを提示しました。
Skin amyloidosis status 5 years after adipose tissue-derived stem cell transplantation.
脂肪由来幹細胞移植後5年時点における皮膚アミロイドーシスの状態
Shigematsu K, Takeda T, Komori N, Yamagishi H, Tahara K. Medical Reports. 2024;6:100068.
【概要】
本報告では、過去に「皮膚アミロイド沈着が幹細胞投与後に改善した可能性がある」と報告した症例について、
同一部位を5年後に追跡し、長期経過をまとめました。
対象は皮膚科教授で、数十年かけて進行してきた沈着が投与後に減退したことに強い満足を示した旨を記載しました。
一方で、自然経過など他要因の可能性も踏まえ、改善をADSCの効果と断定することは難しい点を明確にしました。
その上で、他の介入が乏しい状況で投与後2か月にわたり改善が継続した点や、
ADSCに異常タンパク分解に関連する酵素活性が報告されている点を背景として、
両者の関連の可能性を仮説として提示しました。
また、効果がどれほど持続し得るかという論点は、皮膚アミロイドーシスに限らず進行性神経変性疾患への応用可能性を議論する上でも重要になり得ることを述べました。
B. 仮説・病態メカニズム(Hypothesis / Mechanistic Considerations)
ここでは、「なぜそのような作用が起こり得るのか」というメカニズム仮説を提示した論文を掲載しました。
これらは治療効果を証明する臨床試験ではなく、研究課題を明確にし、次の検証(実験・臨床試験)へつなげることを目的として執筆しました。
Hypothesis: Intravenous administration of mesenchymal stem cells is effective in the treatment of Alzheimer's disease.
仮説:間葉系幹細胞の静脈投与はアルツハイマー病治療に有効である
Shigematsu K, Takeda T, Komori N, Tahara K, Yamagishi H. Medical Hypotheses. 2021;150:110572.
【概要】
本論文では、アルツハイマー病に対して自己脂肪由来幹細胞を静脈投与する治療戦略を仮説として提示しました。
中心となる考え方は、投与した幹細胞が脳内でネプリライシンを分泌し、アミロイド沈着を分解・除去し得るのではないか、という点です。
根拠の一つとして、皮膚アミロイド沈着が幹細胞投与後に消退した症例を挙げ、
その際に投与細胞にネプリライシン活性を確認した旨を記載しました。
さらに、神経再生・修復、成長因子分泌、抗炎症作用、血管新生など、複数の作用機序が同時に関与し得る点も整理しました。
脂肪由来幹細胞は採取が比較的低侵襲で、静脈投与を反復し得るという特徴にも触れつつ、
有効性は今後の検証で確かめられるべきである、という立場でまとめました。
The mesenchymal stem cells will break down and remove the abnormal proteins that have become insoluble and deposited.
間葉系幹細胞は、不溶化して沈着した異常タンパクを分解・除去し得る(仮説)
Shigematsu K, Yamagishi H. Medical Hypotheses. 2021;153:110623.
【概要】
本論文では、幹細胞がアミロイドβを分解するネプリライシン活性を持つという議論を起点にしつつ、
それをより一般化した性質へ拡張し、「不溶化して沈着した異常タンパクを可溶化し、除去する」ような活性があるのではないか、という仮説を提示しました。
皮膚アミロイド沈着とアルツハイマー病脳のアミロイドβは同一ではない可能性があることを指摘し、
単純な同一視を避けた上で議論を展開しました。
この性質が確認できれば、皮膚に限らず心・肝・腎などのアミロイドーシスや、
ALS(TDP-43)、パーキンソン病(αシヌクレイン)など、異常タンパク沈着を特徴とする疾患群への理論的示唆になり得ることを述べました。
また、in vitroで不溶性物質が幹細胞により分解されるかを観察する、といった検証方法にも言及しました。
Repeated intravenous infusion of adipose Tissue-Derived stem cells as a promising treatment for amyotrophic lateral sclerosis.
仮説:脂肪由来幹細胞の反復点滴投与はALS治療の有望な戦略となり得る
Shigematsu K, Komori N, Yamagishi H, Ideno M. Medical Hypotheses. 2023;181:111205.
【概要】
本論文では、ALSに対するADSC静脈投与を治療仮説として位置づけ、想定される作用機序を整理しました。
神経修復、サイトカインや神経成長因子の分泌、障害部位へのホーミングなどを背景として挙げました。
さらに、ALSで蓄積するTDP-43の分解に関与し得る酵素としてcaspase-4に着目し、
ELISAによりADSCにcaspase-4活性が存在することを示した旨を記載しました。
また、仮説の検証には二重盲検ランダム化比較試験(RCT)が必要であることを明記し、
本提案が臨床試験の設計・推進につながることを期待する立場でまとめました。
Adipose-derived stem cells’ potential in neurodegenerative therapy: Highlighting reelin activity.
神経変性疾患に対する脂肪由来幹細胞の可能性:reelin活性に着目して
Shigematsu K, Yamagishi H, Komori N, Ideno M. Medical Hypotheses. 2024;182:111226.
【概要】
本論文では、神経変性疾患を異常タンパクの蓄積を特徴とする「proteinopathy」と捉え、
幹細胞が異常タンパクの除去に関与し得るという仮説を、追加の実験データで補強する目的で議論を整理しました。
既報のネプリライシン(アミロイドβ)やcaspase活性(TDP-43)に続く検討として、
アルツハイマー病患者由来のADSCを用い、リン酸化タウに関連して議論されるreelin活性をELISAで評価しました。
5例すべてで陽性を示し、測定値を提示しました。
これらの結果を踏まえ、ADSCが異常タンパク沈着の除去に広く関与し得るという仮説が強まる可能性を述べました。
併せて、ホーミング、神経保護、抗炎症などの特性と組み合わせた将来的な研究展開についても言及しました。
C. 総説・コメント(Review / Letter)
Perspectives on Stem Cell-Based Regenerative Medicine with a Particular Emphasis on Mesenchymal Stem Cell Therapy.
総説:間葉系幹細胞治療を中心とした再生医療の現状と展望
Yamagishi H, Shigematsu K. JMA Journal. 2021;5(1):36-43.
【概要】
本総説では、再生医療に用いられる幹細胞(iPS細胞、ES細胞、MSC)を概観し、
とくに間葉系幹細胞(MSC)の特性、臨床応用の現状、将来展望を整理しました。
MSCの多系統への分化能に加え、組織修復、抗炎症作用、成長因子の分泌、異常タンパク(アミロイド等)への関与可能性などを論点として取り上げました。
供給源として骨髄・歯髄などを挙げる一方、脂肪由来幹細胞(ADSC)は採取が低侵襲で、
比較的十分な量を培養しやすい点を臨床上の利点として述べました。
また、静脈投与により病変部へ集積しやすい性質(homing)が臨床応用上重要になり得る点にも触れました。
さらに、日本で幹細胞治療を実施する際の制度(再生医療等安全性確保法、特定認定再生医療等委員会の審査、厚労省への計画提出、施設倫理審査など)を概説し、
医療提供体制に関する要件も含めて整理しました。
Re: Intravenous infusion of auto serum-expanded autologous mesenchymal stem cells in spinal cord injury patients: 13 case series.
コメント:脊髄損傷に対する自家MSC静脈投与(13症例報告)への所見
Shigematsu K, Yamagishi H. Clinical Neurology and Neurosurgery. 2021;205:106641.
【概要】
本レターでは、脊髄損傷患者に対する自家MSCの静脈投与(13症例)に関する既報に対して、
学術的観点から補足と論点整理を行いました。
症例集積の読み方や、今後どのような検証が望ましいかといった研究方法上の観点を中心に述べ、
個別治療の効果を断定する内容ではないことを明確にしました。